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【逗子景勝十選】平家物語の悲劇の人が眠る「六代御前の墓」

 

逗子は鎌倉に近い性格上、鎌倉時代の遺構がちょいちょいあったりします。

今回ご紹介する六代御前の墓もその一つです。

六代御前って誰やねん?と思って調べてみると、平維盛の嫡男で高清という人でした。平正盛から数えて6代目なので「六代御前」。昔の人は呼び名がたくさんあって、ややこしいですね。



逗子景勝十選の一つだというので、どんなものか訪ねてみました。

普段は気に留めていませんでしたが、そういえば田越川沿いに「六代御前まえ」というバス停があります。逗子駅から葉山方面へ、海回りのバスに乗って10分かからないくらいの場所です。



振り返ると、もうそこにはお墓が。。。

と思ったら、早とちり。これは故址でした。



そこから1分くらい歩いたところに、六代御前の墓はありました。

六代御前は平家物語で悲劇の人として書かれています。

平安末期、源平の戦いに敗れて平家が滅亡する際、京都で囚われの身になった六代御前でしたが、文覚上人という坊さんが頼朝に嘆願したお陰で命を救われました。

ところが、頼朝が死に、文覚上人の求心力が衰えると、平家の嫡男である六代御前は再び捉えられ、ここ田越川畔で処刑されたのでした(享年26歳)。



六代御前はその頃すでに出家して妙覚と名を改めていたものの、「頭は剃っても、心までは剃りきれていないだろう」と、平家の人間は全て抹殺されてしまったんですね。これで、清盛から続いた平家の嫡流は途絶えました。平氏だから、源氏だからというだけで、命が危ぶまれた時代ですからね。おっかないですね。というわけで、武家社会が始まる頃の遺跡が、ここ逗子にもありました。「あー、平和な現代社会に生まれて、私はなんて幸せなんだろう!」こう思えただけでも、訪ねた意味があったでしょう。

 

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